大人と子供の境界線



気がついたら、走り出していました。
後ろで最上さんの呼び止める声が聞こえたけど、足は止まりませんでした。
近づけない。届かない。見たくない……。
自分の中にこんな真っ黒な部分があったなんてしらなかったです。
ジャスティスさんの人気が出るのは祝福してあげなきゃいけないんです。
ジャスティスさんが皆に好かれてるのは、喜ばなきゃいけないんです。
けれど、何故それができないのでしょう。
ボクは前を見ずにひたすら走り続けました。


「あ……」
気がついたらボクはクレーンの下にいました。
もう人はほとんどいなくて、周りはがらんとしています。
ボクは柵に寄りかかると、目を閉じていろいろなことについて考え始めました。
最上さんたちを驚かせてしまったでしょうか……。
あ……ナイスさんにカバン預けたまんまでした、これじゃ帰れないですね……。
でも今もう一度あの場所に行く気にはなれませんでした。
目を開けて、上を見上げると大きな大きなクレーンが静かにそびえ立っています。
なんでここに来てしまったんでしょう。
クレーンを見ていると、ジャスティスさんと初めて会ったときを思い出します。
「あの時も、ボクがクレーンを見ていたんですよね……」

どんなところなんだろうと不安になりながらボクはポップンパーティ会場に向かいました。
ボクを迎えてくれたのは大きな建物と、大きなクレーン。
荷物を部屋に置いた後に、あのクレーンが気になってしまってもう一度見に行きました。
見たことも無かった大きなクレーンにボクは不安を忘れてドキドキしました。
そして、そこで……。
「ジャスティスさんに会ったんですよね……」
会場に来て、初めて話しかけてくれた人。
黒尽くめで背が高くて、初めは怖い人だと思ってしまいました。
けれども、全然違って優しくて、カッコいい人でした。
最後の日、ジャスティスさんが好きだと言ってくれてボクはとても嬉しかった。
ボクも、ジャスティスさんのことが好きになっていたんです。
ジャスティスさんは優しくて、みんなに好かれるのも当たり前な人なんです。
最初は、こんなにすごい人がボクを好きだと言ってくれるのがただ、単純に嬉しかったです。
ボクも、ジャスティスさんのことが大好きです。
けど……いつか、ボクよりジャスティスさんが好きな人が現れたら?ジャスティスさんがボクよりも好きな人
を見つけてしまったら?
ボクは小さくて、力も無くて、何もできないと思います。
お付き合いを重ねて行って、どんどんジャスティスさんを好きになるたび不安で、不安で、しかたがない
のです。
「ジャスティス、さん……」
ボクが、こんな心の狭い人間だとジャスティスさんが知ったらボクのことをどう思うでしょうか。
ジャスティスさんはボクのことをかわいい、とよく言います。
……ボクはかわいくないですよ、ジャスティスさん……。
「ジャスティ、ス、さん……」
一番好きな人の名前を小さく呟いてみました。
一番会いたくて会いたくない人の名前を、小さく小さく呟きました。
ファンの人に囲まれた嬉しそうなジャスティスさんが思い出されます。
そろそろ、戻らなきゃ……最上さん達に迷惑かけちゃいます……。
ボクはもう一度、クレーンを見上げました。
「……マモル君っ!」
突然名前を呼ばれて、驚いて声がしたほうを見るとそこには息をきらした、ジャスティスさんがいました
……。
「ジャスティス、さん……」
「はぁ……はぁ、やっと、見つけた……」
やっと……ってボクを探していてくれたんですか?
サングラス越しにジャスティスさんと目が会いました。
ジャスティスさんが汗をぬぐって、大きく息を吐いてボクに近づいてきました。
「マモル君……なんで逃げたの?」
ボクは、その問いかけに答えることはできなくて、黙ってうつむきました。
ジャスティスさんがため息をついた音がボクの耳に届きました。
「ねぇ、久しぶりに上に行こうか……マモル君と二人で話したい」
ボクは顔を上げると、いつものジャスティスさんがいました。
ジャスティスさんがにっこりと笑ってボクに手を差し出しました。
ボクは、その手をしっかりと取りました。



点検用のランプが光り、ボクとジャスティスさんが夜の闇の中照らし出されました。
立ってる場所は違っても、クレーンの上はなんだかとても懐かしい気分になってしまします。
ジャスティスさんがボクに命綱をつけ、ボクを膝の上に乗せてくれました。
「あ、違うこっちむいて」
ただ、いつもと違うのはボクがジャスティスさんと向き合うように座らせられていることです。
自然と、ジャスティスさんとサングラス越しに目が会う形になります。
ジャスティスさんはそっとボクを一回抱きしめると、ボクの目をじっと見つめました。
「ねぇ……何か俺に言うこととかない?」
ジャスティスさんがボクに真剣な眼差しで問いかけます。
その眼差しはボクの全てを見透かしているようでした。
「え、あ……ライブお疲れ様でした」
ボクは精一杯の笑顔で答えました。
「うん、ありがと……でも違うでしょ?」
ジャスティスさんは軽く笑うと、また真剣な眼差しに戻りました。
ジャスティスさんの大きな手がボクの頬をなでました。
「マモル君……何、考えてるの?」
どろり。
ボクは、心の穴からまた何か黒いものが流れ出すのを感じました。



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