大人と子供の境界線



光の洪水。
大歓声。
初めての全国ツアーは、俺に言いようの無い興奮をもたらした。
最後の歌を歌い終わった時、俺は会場を見回した。
俺の姿、見ていてくれた?……マモル君。


ライブを終えて、控え室に戻るときも俺の体の熱は冷めやらなかった。
スタッフが、ファンの子が、口々に嬉しい感想を投げかけてくれる。
「ジャスティスさん、すごくよかったです!」
「ありがとう」
「ジャスティスさーん、花束です受け取ってください!」
手の中に、大きな花束が渡される。
その花束を見てやっと、全てのライブを終えたんだという実感がわいてきた。
ファンの子が次々とお祝いの言葉と共に、俺にプレゼントを渡してくれる。
どれもこれも気持ちがこもっててとても、嬉しく思う、けど……。
俺は一番欲しい言葉を言ってくれる、あの子を探す。
最上さんにパスを渡しておいたから来てくれるとは思うんだけど……。
それにしてもあれだよな、最上さんめ……。
俺は、ライブ終了時に見回した会場の様子を思い浮かべる。
うん、あれはきっと3人に違いない。
ナイスさんの頭が目立ちすぎる。
……最上さんが、マモル君を抱きかかえていた。
マモル君を抱きしめられるのは俺の特権なのに!
心の中にふつふつと何かが湧き上がってくる。
あ、いけないいけないファンの子の前、笑顔笑顔。
「ジャスティスさん握手してくださーい」
「ええ、今日はライブに来てくれてありがとうございます」
ファンの子の握手に応じる俺。
すると、視界の隅に見慣れた長い髪の人が現れた。
そして、その足元から顔を覗かせているのは……。
俺はとびきりの笑顔でそっちを向いた。
「マ……」
俺はマモル君の顔を見て、様子がおかしいのに気がついた。
マモル君は嬉しそうな、それでいて悲しくて、怒っているような複雑な表情をしている。
マモル君の方に向かおうとしたその時、まばゆいフラッシュが俺の目をさした。
「ジャスティスさん、写真とってくださーい!」
「私もー!」
「え、あ」
目を離した瞬間、マモル君が外に向かって走り出すのが視界の隅で見えた。
追いかけなきゃ。
あの顔は……俺に何もいえなくて考え込んでるときの顔だ!
けれども、俺の周りには人が多すぎて身動きがとれない。
視界の隅で、最上さんとナイスさんが何かを話し合っているのが見える。
早く追わなきゃ、と思ったその時。
「Hi!ジャスティス、これから打ち上げの打ち合わせありマスヨ!」
ナイスさんが人の波を掻き分けて、俺の元ににこにこしながら向かってきた。
「ナイスさん……?」
俺は彼が何を言っているのか、その真意をつかみ損ねていた。
彼はそんな俺のことなんか見通しているかのように、やってきて俺の腕をつかんだ。
「ファンの皆さんスイマセンネーちょっとこれから打ち合わせなので、失礼シマスヨ」
ナイスさんが俺の腕をひっぱってファンの子の群れから引き離す。
「あっ……ジャスティスさ」
「すいませんねー、ここから先は関係者以外立ち入り禁止なんすよ」
追いかけてこようとしたファンの女の子を、最上さんが立ちはだかって止める。
「あの……ナイスさん……これは」
「詳しい話はアトデデス、ジャスティスサン控え室は、ドコデスカ?」
「あ、こ、こっちです」
後ろをそっと振り向くと、ファンの子達が言い争っているのが聞こえる。
「おじさん、そこどいてよ!」
「関係者以外立ち入り禁止だと言ってるだろう!」
「じゃあ、おじさんは何なのよ!」
「あん?俺か、俺はスタッフだよ」
最後に見えたのは、俺が渡したスタッフカードをファンの子に掲げる最上さんだった。


「フウ、ココまでくれば安心デスネ」
ナイスさんが控え室の扉を閉める。
俺はというと、今まで何が起きたのかまだ心の中で整理がついておらず混乱していた。
「……ジャスティスサーン?」
はっと、気がつくとナイスさんの朗らかな顔が視界に広がった。
「あ、そ、そうだマモル君!」
頭に俺の前から逃げていったマモル君の姿が浮かぶ。
追いかけなきゃ、追いかけなくちゃ。
立ち上がって追いかけようとする俺をナイスさんがとがめる。
「な、何ですかナイスさん、俺早く行かなきゃ」
「ジャスティスサン……一つだけ聞かせて頂けマスカ?」
ナイスさんが珍しく真面目な顔で俺に問いかける。
「ジャスティスサンは、マモル君をどう思ってマスカ?大切デスカ?」
何を聞くんだろう、この人は。
今ここでマモル君への愛の告白でもさせるつもりなんだろうか。
「大事デスカ……ジャスティスサン?」
そうやって問いかけるナイスさんの目があまりに真剣だったから。
「……大好きです、大切です、すごく、すごく大事ですよ」
俺の言葉を聞いて、ナイスさんの顔がいつもの笑顔に戻る。
「ソレを聞けて安心シマシタ、コレドウゾ」
ナイスさんが何かを俺に手渡す。
見慣れた、小さなカバン。
「ワタシが預かってマシタ、マモルクンのカバンデス、そんなに遠くには行ってないハズデスヨ?」
「ナイスさん……さっきの質問は……?」
「ジャスティスサンは、ジャスティスサンデスネ、マモルクンを大切に想ってるよくワカリマシタ」
他の人から改めてそう言われると恥ずかしくなる。
「ダカラ、もっと自分、見せてあげてクダサイ、自分を考えてクダサイ」
「自分……?」
「もっと大切にしてあげてクダサイ」
それだけいうとナイスさんはにっこりと笑って何も言わなかった。
俺はその言葉の意味はまだわからなかったけど、大きくうなずいた。
その場にコートを脱ぎ捨て、ナイスさんに軽く手を振る。
「ア、もう一つ」
扉を開けて外に出ようとした時ナイスさんが俺を呼び止める。
「最後に歌ったLove song……アレは誰にあてた曲デスカ?」
ナイスさんが、答えはもうわかっているというように笑いながら俺を見る。
俺は、その問には答えずににっこり笑い手を振った。



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