クレーンの下に、マモル君はいた。 振り向いたその顔は、やっぱり何か考えている顔だった。 けれど何を考えているのかまでは読み取れなかった。 マモル君……君は何を考えているんだい?何でそんな悲しそうな顔をしてるんだい? 俺は、マモル君と二人きりになりたくて彼を連れ出した。 ……慣れ親しんだ場所、クレーンの上へと。 マモル君に俺のほうを向いて座ってもらう。 こうすれば、マモル君のどんな表情だって見逃すことはない。 「ねぇ……俺に何か言うことない?」 何を考えてるの? マモル君が一瞬戸惑ったような顔をして、すぐに笑顔を作る。 「え、あ……ライブお疲れ様でした」 ……そんな、悲しそうな笑顔見たくないよ。 「うん、ありがと……でも、違うでしょ?」 俺はマモル君の目をじっと見つめる。 「マモル君……何、考えてるの?」 ねぇ、俺に教えてよ。 それとも……俺に言えないこと? 目の前のマモル君がすこしうつむいた後、俺のほうをまっすぐに見つめる。 マモル君の手が俺の方に伸びてきたと思うと、視界がぱっと明るくなる。 サングラスをはずされたんだ、と瞬時に気がついた。 視界が明るくなると、マモル君の顔がよく見える。 長めのまつげが震えてる。 「……ジャスティスさん……」 やがて、意を決したようにマモル君の唇が薄く開かれる。 「……ジャスティスさんは、いつまでボクのことを好きでいてくれますか?」 思いもよらなかった問いかけに、一瞬言葉の意味が理解できなかった。 いつまでって……? 「ジャスティスさんのこと、好きな人いっぱいいます……きっと、ボクよりもジャスティスさんが好きだって 言う人だってきっといっぱいいるんです……」 マモル君がひとつ、ひとつ呟くように言葉を重ねていく。 俺はやっと言葉の意味を理解することができた。 「マモル君……それって焼きもち?」 マモル君の顔が赤くなる。 どうやら、図星らしいね。 「だって、だってきっとボクよりも綺麗な女の人の方がジャスティスさんの横にいたほうがいいんですよ!」 そうか、俺が最上さんに抱きかかえられているマモル君を見て苛立ったように、マモル君もファンの人に 囲まれてる俺を見て嫌な思いをしてたんだ……。 ぜんぜん、気がつけなかった。 「……ごめんね」 「ジャスティスさんが悪いんじゃないんですっ!」 いつの間にか、マモル君の目からは雫が一粒頬を伝って流れ落ちていた。 ああ、また泣かせちゃったな……。 俺はその雫を指でぬぐった。 「ジャスティスさんが、皆に好かれてるのを、ボクは、喜ばなきゃいけないんです!だけど、だけど……」 マモル君が泣き叫ぶように俺に言う。 「それが、できないんです……そんな自分が嫌で、こんなことを考えちゃう自分が嫌なんです……」 マモル君の目からおさえきれなくなった涙が、一つ、また一つ流れ落ちる。 「ボクはわがままで、欲張りで、子供で、汚くて、かわいくないから……きっとジャスティスさんはボクを嫌 いになっちゃうんです……」 俺はその言葉に心底ぎょっとした。 「ちょ、ちょっと待って!何でそんなことになるの?!」 「……だって……」 あ、だんだん何か腹が立ってきた。 何でこの子は一人で突っ走っちゃうのかなぁ。 何で俺に話してくれないのかなぁ。 ……俺ってそんなに頼りないのかなぁ。 俺は力いっぱいぎゅっとマモル君を抱きしめた。 「……どうして、一人で考え込んじゃうのさ」 「ジャスティスさん……?」 「俺に迷惑がかかるから?かけてよ!もっと、話してよ!マモル君を教えてよ……」 マモル君の前では大人でいようと思ってた。 マモル君の好きな大人であろうと思ってたけど、無理だ。 あえない間にたまった黒いものが堰をきってあふれ出す。 「……俺だって、わがままで欲張りで子供で汚いよ」 「……」 「俺だって、マモル君が大きくなったら俺のことなんか嫌いになるんだろうなって何回も考えたことある よ、マモル君の将来のためには俺と一緒にいないほうがいいと思ったことだっていっぱいある……」 俺はマモル君を抱きしめる腕にさらに力をこめる。 マモル君は何も言わずに、ただ腕の中で俺の言葉を聞いている様に思えた。 「それでも、マモル君を手放せないんだ、マモル君を独占したいんだ、マモル君が好きなんだ……」 俺と会わなければ、一緒にいなければ、マモル君は健全な一生をおくれたかもしれない。 それでも、マモル君を手放せないのは俺のエゴ。 「マモル君が、好きなんだ……」 今まで隠してた自分を全てさらけ出す。 マモル君には俺の想いは重過ぎるかもしれない、けどこれが俺の全て。 いつの間にか、俺の目からも涙があふれていた。 「ボクは……男の子ですよ?」 「俺だって男だけどマモル君が好きだよ」 「ボクは、欲張りですよ?」 「俺だって、マモル君を独り占めしたいほど欲張りだ」 「ボクは、子供ですよ……」 「俺だって子供だよ」 今なら、最上さんの言葉がわかる。 俺はまだ子供……というか完全な大人なんて存在しないんだ。 きっと人間はある程度自分の中で境界線を引いてしまうんだ。 自分を子供だと自覚しているマモル君は大人で、大人の振りをしていた俺は子供。 結局、二人とも子供なんだよ。 「……はぁ、すっきりした」 全てを吐き出した俺はマモル君を見る。 「……マモル君が好きだよ、いつまでとは言えないけどマモル君が離れるまで、いや、離れても俺はマモ ル君が好きだよ」 「……離れたくないです……」 「うん、じゃあ一緒にいよう?……これだけは覚えておいて、俺はどこにいてもマモル君が一番だから、 そんなに不安にならないで」 精一杯の笑顔を作ってマモル君に笑う。 「そして、不安になったら俺に言って?俺はマモル君のことならなんでも知りたいんだ」 マモル君が赤くなった目で俺を見る。 そして、はっきりとうなづいた。 そっと顔を近づけると、マモル君がまぶたを閉じる。 俺はマモル君の唇に、自分の唇を重ねた。 いつものように軽いキスじゃなくて、深く深く唇を合わせる恋人同士のキス。 マモル君は戸惑っているようだったけど、それでも俺を受け入れてくれた。 もう一度、ここから始めよう? 大きなクレーンの上で。 |
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