わがままを言わせて



次に目を覚ましたときはもう朝だった。
隣ではローズが本を読んでいた。
やがて、ヒグラシが起きたのに気がついたのか本を閉じてヒグラシに笑いかけた。
「おはよう、ヒグラシ」
「おはよーございます、ローズさん……」
頭がボーっとしていて体がだるい。
「ごめんね、昨日は無理させちゃって……一応後始末はしておいたから」
昨日……。
昨日のことを思い出してヒグラシの顔が赤くなる。
「いえ、僕のほうこそ……痛っ」
ヒグラシが起き上がろうとすると腰に鈍い痛みを感じた。
「大丈夫?無理しないほうがいいよ」
「そうします……」
ヒグラシは再び横になった。
「そういえば……昨日からちょっと気になっていたんですけど……」
「何だい?」
「……グリーンさんに、会ったんですよね……?」
グリーンに送り届けられて、引き渡されたと言っていたように思う。
「ああ、気づかれたんじゃないかって?」
「ええ……」
やはり恋人同士といっても男同士であるし、へたしたらスキャンダルにつながりかねない。
心配するヒグラシをよそに、ローズはくすりと笑った。
「彼ね、気づいてたよ」
「えぇ?!」
「『やっぱり君か』って言われちゃった」
ローズは苦笑した。
「あと、『恋人を大切に』ともね」
「グリーンさん……」
やっぱりあの人は鋭い。
あの人に隠し事はできないなぁ……、とヒグラシは思った。
「あ、そうだ、それで思い出した」
ローズはベッド脇のサイドボードからメモとペンを取り出すとなにやら数字を書き出した。
「はい、これあげる」
「……なんですか、これ?」
「ボクの超プライベート携帯電話の番号」
「え?!」
驚いてヒグラシは顔を上げる。
「新しく作ったんだ、とても身近な人用にね」
「え、これ、いただいてもいいんですか?」
ローズがまたくすりと笑う。
「だって、ヒグラシはボクの『恋人』でしょ?」
「あ……」
ヒグラシが顔を赤くする。
「……今度から寂しいときとかは我慢しないでね」
「……はい……」
「『わがまま』、言ってもいいんだからね」
「……グリーンさんにどこまで聞いたんですか」
「な・い・しょ」
ローズがヒグラシに向かって微笑む。
「あ、ええと、じゃあ僕も……」
ヒグラシも自宅の番号をメモしてローズに渡す。
「携帯電話持ってないんです……ごめんなさい、で、でも夜はなるべく家にいるようにしますから!」
「ふふ、ありがとう」
ローズが嬉しそうにそのメモを見つめる。
ふと思い出したようにヒグラシのほうを見る。
「そういえば今日は予定ないって言ってたよね?ボクも今日オフなんだ」
「そうなんですか?」
「うん、だから今日は一日中一緒だよ。何かしたいこととかある?」
ローズがヒグラシに尋ねる。
「ええと、じゃあ……」
ヒグラシは少し考えた。
「僕の『わがまま』なんですけど……もう少しだけこのまま一緒に横になっててもいいですか?」
ローズは驚いたようにヒグラシを見て、微笑んだ。
「いいよ、それじゃあ今日はずっとくっついてようか?」
「うわぁ?!」
ローズがヒグラシに抱きつく。
「……何でも言ってよね?『恋人』なんだから……」
「……はい……」
ローズがヒグラシの髪の毛をすく。
ローズの体温が心地よくてヒグラシはついうとうとしてしまう。
「もう一眠りする?昨日は激しい運動したから疲れちゃったもんね」
「運動って…………」
ヒグラシの頭に昨日の様子が思い浮かぶ。
昨日の自分を思い出して顔が熱を持ってしまう。
「ヒグラシ、かわいかったなぁ……」
「ローズさん!」
「ふふ、でももう少し眠ったほうがいいかもね」
「そうですね……眠いです」
「ずっとこうしててあげるから……」
「……はい」
ヒグラシは『恋人』の腕の中で幸せな眠りに落ちた。
ローズはそんな『恋人』の頭をなでながら微笑んでいた。


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