大人と子供の境界線



「……はぁ、疲れたっ」
今日一日のスケジュールを終えた俺は、事務所の休憩室でしばしの休息を取っていた。
今日もマンションには帰れそうにない、きっとライブが終わるまでは帰れないんだろうなー。
日本全国を回ったライブツアーもいよいよ最後、俺は毎日事務所に泊り込んでスケジュールをこなしてい
た。
打ち合わせに継ぐ打ち合わせ、合間をぬって雑誌の取材や写真撮影……そろそろ衣装合わせやリハーサル
のことも考えないといけない。
「ああもう……体がもう一個欲しい……」
それでも、俺の体は充実した疲れを感じていた。
初めての全国ツアー、何もかも初めてなことばかりでとても勉強になる。
それに、今まで行った何処の場所でもライブに来てくれたお客さんは俺を暖かく迎え入れてくれた。
俺が今までの思い出に浸っていると、休憩室のドアを叩く音が部屋の中に響いた。
休憩室のドアが開くと、スタッフの女の子がちょこんと顔を出した。
「あのー、ジャスティスさん最上サスガさんという方がいらっしゃってますけど……」
「あー、俺の知り合いだよこっち来てもらってもいいかな?」
スタッフの子が行ってしばらくたったころ、もう一度扉が開き最上さんが姿を現した。
「よー大変そうだな、行ってきたぜ」
「あ、ありがとうございます、すいません突然こんなこと頼んでしまって」
俺は背筋を伸ばし、最上さんに向かって深々とお辞儀をした。
忙しくて外に出られない俺の代わりに、マモル君にチケットを届けて親御さんに許可をもらってきてもら
うという役目を引き受けていただいたのだ。
「いいってことよ、マモルちゃん嬉しそうにしてたぜ」
最上さんが俺の横にある椅子に腰掛ける。
「てか、俺達までチケットもらっちまってわりぃな」
「いえいえ、是非きていただきたかったですし」
「しかし、チケットぐらい自分で渡しに行ってもよかったんじゃねぇの?お前が直接会ったほうがマモル
ちゃんも喜ぶだろうしよ」
「それもそうなんですけどね……」
俺の頭にマモル君の笑顔が思い浮かぶ。
一週間、二週間……もうどれぐらい会ってない?
「やっぱ、スケジュールがきつきつで……それに」
最後にあった時のマモル君の顔を思い出す。
「俺、今マモル君の前で自分を止められる自信ありませんから」
自分の言った言葉に照れながら、軽く俺は笑う。
「何、門の前で押し倒して唇奪っちゃう?」
最上さんが俺の言葉を聞いてニヤリと怪しい笑みを浮かべた。
「い、いやそこまでは……」
「しないとはいいきれねぇんだろ?」
「………………はい」
考えて否定しきれない自分を心の中で恥じた。
今マモル君に会っても、マモル君が好きな大人な俺でいられないと、思う。
そんな風にポツリと言葉をもらすと、最上さんが何かを考えるように低くうめいた。
「大人、ねぇ……」
「ええ、マモル君の口癖なんですよ『ジャスティスさんのような大人になりたいです!』ってね」
マモル君は良く『大人になりたい』と言う。
俺のような大人になんてならないほうがいいと思うんだけどな……。
「おっともうこんな時間か、長居しちまったな俺帰るわ」
最上さんが壁にかけてある時計に目をやって、立ち上がる。
「あ、すいません何のお構いもしませんで」
「いいっていいって、んじゃ今度ライブの時な」
最上さんが休憩室の扉のノブに手をかけ、扉を開く。
「そうそう、ジャスティス」
最上さんが何かを思い出したかのように、立ち止まり俺に向かって振り返る。
「俺に言わせれば、お前もまだまだ子供だな」
「……はい?」
「そして、マモルちゃんはお前が思うより大人だよ」
意味深な言葉を残して、最上さんは休憩室を出て行ってしまった。
俺は一人になった休憩室で最上さんの言葉について考えていた。
あの人のことだから単なる思い付きかもしれないけど、俺には何かが引っかかった。


大人と子供って何だろう。
マモル君は俺を大人だと言い、自分を子供だと言う。
最上さんは俺を子供だと言い、マモル君を大人だという。
じゃあ、俺は?
俺は……。
大人と子供の境界線はどこにあるんだろう?


何かを考えようとしても、どんよりとした疲れが俺の頭に霞をかける。
やがて、俺の意識は闇へと取り込まれた。



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