新しい世界



『君何かしたんじゃないの?』
『しゃべってもないのに何かできるかよ』


帽子の男……ソラ、だったか?
思いっきり何かやってたよ、ていうかしゃべってたよ。
気まずい空気が辺りを包むのが感じ取れた。
「あー……ええと……どうも」
気まずい。
俺は気まずい空気と美しくないものが大嫌いだ。
この状況を打破するべく、何か言葉を発しないと……。
「あんた……ツクバさんだよな?」
一瞬、驚いたような顔をすると軽く目を伏せるツクバさん。
「……お久しぶりです、雅彦さん」
どうやら存在を忘れられているわけではなかったようだ。
……と、いうことは確実にツクバさんの意思で俺は避けられていたことになる。
嫌われている、か。
ま、しかたないか……自分で言うのもなんだけどあのと時の俺は人生の中で2位3位を争うほど
ひねくれた態度をとっていたことは間違いないし。
「……今の俺は1アーティスト”ナルヒコ”だから」
「す、すいません、ええと、ナルヒコさんですね」
別に名義なんてどうでもいいことだけど、今は何を話していいのかがわからなかった。
再び流れる重い沈黙。
俺は話す言葉もなく、目の前にいるツクバさんを眺めた。
俺の記憶に中にあるツクバさんはどちらかというと、地味で、おとなしくて、真面目さの塊みたいな
人間だったように思える。
あんな、ステージ上でのパフォーマンスのようにはっちゃけるタイプだったなんて正直、意外。
「あの、まさ……ナルヒコさん」
どうしようかと考えていると、ツクバさんが上目遣いで俺に話しかける。
「何?」
「その、今日私がここにいること、内緒にしていただけませんか?」
「ツクバさんがポップンパーティに参加していること?」
「職場の方々には内緒にしてるんです、ディスコ通い……やっぱりちょっと恥ずかしくて」
ツクバさんが照れを隠すようにまた目を伏せる。
「別に、誰に言おうだなんて思っちゃいないよ」
親父に言ったところでどうなるわけでもないし。
俺がそういうとツクバさんは顔をあげ、初めて笑顔を見せてくれた。
「本当ですか?! よかった……」
ツクバさんがほっとしたように息を吐いて、立ち上がる。
あの時も思ったけど、ツクバさんは背が高い。
今度は俺が、立ち上がったツクバさんを少し見上げる形になる。
「まさかこんな所で知ってる方に会うだなんて思ってもいなくて……思わず避けてしまうような形に
なってしまいもうしわけございませんでした」
ツクバさんが軽く頭を下げる。


……は?


「避けてた理由って……そ、それだけ? 俺が嫌いだとか、俺がひどいこと言ったからとかじゃなくて?」
「わ、私がナルヒコさんをですか? いえ、そのようなことは……」
体から力が抜ける俺と、困ったような瞳で俺を見るツクバさん。
思わず床にしゃがみこんでしまう、俺。
「なんだよ……俺、絶対嫌われてるんだって思ってた……」
あの俺の気苦労はいったいなんだったわけ?
てか、何で俺はこの人の反応に振り回されてるわけ?
「ナルヒコさん?」
顔を上げると、ツクバさんが俺のほうをまだ困ったような顔で見つめていた。
俺を見据える青い目を、不覚だけど綺麗だと思った。
その真っ直ぐな目は、反則だって。
いろんな意味でこの俺の目を釘付けにさせてくれて、俺の心を引っ掻き回してくれた存在。
今までそんな存在、あっただろうか?
俺は自分の思い通りにならないむかつきと、未知の存在との遭遇による高揚を同時に感じていた。
「なぁ、今度市役所行ってもいい?」
ツクバさんが驚いたような表情をした後、柔らかい笑みを作る。
その表情に俺は初めてツクバさんと出会ったときのツクバさんを思い出した。
「……ご案内、しましょうか?」
「覚えてたんだ」
「忘れられるわけありませんよ、あれからどうやったらナルヒコさんに満足していただけるかずっと
お勉強していたんですから」
立ち上がった俺に、ツクバさんが言う。
……さぁ、この目の前の存在になんて言葉をかけたらいいんだろう。
『綺麗だね』『美しい』『愛してる』
いつも自分に向けて言っている言葉を思い出すも、そのどれもがふさわしくないように思えた。
『    』
……困ったな、他人にかける言葉が見つからない。
初めて興味をもった、自分にとっての未知の存在。
「ツクバさん」
この人といたら、いつか忘れてしまった言葉も見つかるだろうか。


『    』


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