「ひ、あぁ……あ、あああっく、苦し……っ!」 とぎれとぎれに俺に訴えかける相手の涙を指でぬぐいながら、腰を奥に打ち付けると相手の喉から 喘ぎになり損ねた息が吐き出される。 「は、あ、んんっ……」 「……泣くなよ……」 俺の指が透明な雫で濡れる。 泣かせてるのはいったいどこの誰だと思ってるんだ。 −意味のある名前− 「あはははははっ、すごーい見て見てブロンド!!」 「見事なもみじね、紅葉にはまだ早いんじゃないかしら?」 「……そんなにじろじろみるんじゃねぇよ、特にグラッシー……」 薄暗いディスコの中でもくっきりと浮かび上がるもみじ。 そんなものをつけてきた俺を見て、サングラスの女と金髪の女が顔を見合わせて笑う。 「だっていまどきこんな立派な手形見れないもの、あはははは!」 「ちくしょう、だから今日はあんま来たくなかったんだよっ……」 「ほんとに見事な手形ねぇ……ベアード、すいぶんと強い力でやられたんでしょう」 「強いも何も、俺が後ろに吹っ飛ぶぐらい全力で張り飛ばされたぜ」 いまだ熱を持つ自分の頬を軽くさすると、棘でさしたような痛みが湧き上がる。 「えー、じゃああの人と別れちゃったの? 同棲するっていってたじゃない!」 「もう大家にも引っ越すっていっちまったし……しかたねぇから一人で新居に引っ越すさ」 「……愛にあふれた同棲生活が行われるはずだった部屋で一人暮らし……侘しいわね」 「ベアードったらかわいそー、あたしが一緒に暮らしてあげようか?」 サングラスの女が人事のようにけらけらと笑う。 ……まぁ人事には違いが無いのだが。 「うるせぇな、この眼鏡女」 笑い続けるサングラスの女のでこを指ではじくと、女が大げさそうに額を押さえる。 「いったぁーい、それにあたしは眼鏡女なんて名前じゃないもん、ちゃんとグラッシーって呼んでよ!」 「それも本当の名前じゃないだろうが」 「まぁそうだけどさ、だってこのパーティの『ルール』でしょう?」 「……まぁな」 パーティの『ルール』 3年前、このイベントを行う際に俺らはひとつの取り決めをした。 『パーティの間はお互いを詮索しない、させない』 パーティの外で名前を教えようが恋愛しようがパーティ外の出来事はしったこっちゃない。 ただ、このパーティの間だけは自らの名前や身分を捨てて純粋にパーティを楽しむことができる。 偶然別のディスコで出会ったお互いの名前も知らない俺らは、そんなイベントを作ろうと なんでもありのパーティイベント『SADDLE SHOSE』を企画した。 ひとつの定められた『ルール』以外には何をしたってかまわない。 歌あり、踊りあり、パフォーマンスあり、乱入あり……そんな何でもありのパーティ。 俺らの開催したこのパーティは口コミで評判が広がり、今まで大きな争いごともなく続いている。 ただ、その『ルール』により俺はいまだにこの二人の本当の名前を知らない。 この二人も俺の本当の名前を知らない。 しかし、呼び名が無いとなると主催者として何かと不便だということで参加者たちは俺たちに仮の名前をつけた。 それが、『ブロンド』『ベアード』『グラッシー』。 『金髪』『顎鬚』『眼鏡』……外見からくる単純な名前だったが、今の俺たちにはこれで充分だ。 きっとこれからもこのひとつの『ルール』は揺らぐことは無く、俺たちの名前もこのままだろう。 「……アード、ベアード?」 気がついたら、ブロンドが俺のほうを心配そうに覗き込んでいた。 「ああ、わりいちょっと昔のことを思い出してな」 「何だ、ビンタのショックでどこかおかしくなっちゃったんじゃないかと思った」 ちゃかすように言うグラッシーの頬を俺は無言でつねりあげた。 「いひゃい、いひゃい、ごめんなひゃい」 「もう、グラッシーもベアードもいいかげんにしなさい」 「へいへい」 頬をつねりあげていた手をはずすと、グラッシーが恨みがましそうな目でこっちを見てくる。 そんな視線を尻目に俺は二人に背を向けた。 「酒、飲んでくる」 あまり飲みすぎちゃだめよ、というブロンドの忠告が耳に入った。 楽しそうに騒ぎ、踊る人の群れの隙間をすり抜けてカウンターへと向かう。 カウンターにはぽつりぽつりと人が座っているのが見えた。 その中でもひときわ目を引く後姿が目に映る。 極彩色の光が舞う中にぽつんと浮かぶ、くすんだ水色。 周りが派手なせいもあってか、その背中だけが妙に浮き上がって見えた。 パーティの参加者の中には当然気の合う奴、合わない奴がでてくる。 そいつは、俺にとって合う奴だった。 そのくすんだ水色に引き寄せられるかのように、俺はそいつの隣の席へと向かう。 「あ、どうもこんばんは」 席に座ると同時にそいつが俺に気づく。 しかし、どうも今日の奴からは元気が感じられなかった。 「どうしたんだい、浮かない顔して」 「そうですか? ……その、なんていうか……痛そうな顔してますね」 「……そこにはあまり触れないでくれ」 そういうと奴は「わかりました」といいながら笑った。 けれども次の瞬間にはまたもとのしょぼくれた顔に戻ってしまった。 「その、実は……好きな人にふられてしまいまして……」 「は?!」 そのあんまりにあんまりのタイミングに思わず俺は驚いた後に、笑ってしまった。 「何ですか、そんなにおかしいですか?」 「いや、悪い悪い」 むっとした表情になる相手に俺は慌てて弁解する。 「実は……俺もなんだよ」 「はい?」 怒った顔から一転して疑問の顔に変わる相手に対し、俺は黙って赤くはれ上がった頬を指した。 するとこんどは奴の顔が疑問の顔から笑い顔へと変わる。 「ははっ、嫌な気の合いかたですね」 「まったくだ」 バーテンを呼び、きっついカクテルを2杯注文する。 「ま、そういうことなら今夜はお互いぱーっと飲んで嫌なことなんて全部忘れちまおうぜ」 届いたカクテルのうち1杯を奴の前に滑らせる。 奴は唇の端をあげながらそのグラスを手に取った。 「あはは、そういうことなら今夜はいくらでもつきあいますよ」 「お、言ったな?」 俺もつられて顔に笑みを作る。 ガラス同士がぶつかり合う乾いた音が1つ響いた。 |
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