「ズシンさん、ズシンさん」 鳥の羽ばたく音に、重い目をこじ開けるように開きました。 見ると私のただ1人の友人、パロットが私の腕に止まろうとしているところでした。 「パロット」 「こんにちはズシンさん、お休みのところを起こしてしまいましたか」 否定の意味をこめて頭を揺らそうとするも、私の体は動いてくれませんでした。 私の体はすでに錆付いており、目を開けることと最低限の言葉を話すことしかできないのですから。 「パロット、ウレシイ」 私がそういうと彼は嬉しそうに赤い羽根を一振りし、自身の蝶ネクタイを直すのでした。 「それはそれはそう言っていただけるとわたくしも嬉しいですよ、さてさて今日はどんなお話をさせていただきましょうか……」 彼のくちばしからはさまざまな”お話”が紡がれます。 私はその”お話”を聞くことを何よりも楽しみにしていました。 きっかけはほんの些細なこと、突然振り出した雨を避けようとパロットが私の腕に止まったのが始まりです。 赤いオウムの姿をした彼、それは私が動きを止めてから始めてであった”他人”でした。 「……ダレ?」 私が問うと、彼は非常に驚いた様子でした。 それはそうでしょう、目の前の金属の山が突然目を開きしゃべりはじめたのですから。 けれども彼はすぐに落ち着きを取り戻したように私に向かって頭を下げました。 「これは失礼をいたしました、わたくし旅のおしゃべり師をしているものでパロットと申します。 以後お見知りおきをお願い申し上げます」 彼は自分をおしゃべり師と名乗ったとおりとてもよくしゃべりました。 世界のお話を知るために各地を飛び回っていること、何人もを声色を使い分けることができるのが自慢なこと 羽飾りを集めるのが趣味なこと……私は短時間で彼の多くを知ることができました。 「……っとわたくしばかりがしゃべっていてもしょうがないですね、あなたのこともお伺いさせていただいてよろしいでしょうか?」 そのままのスピードで彼は私に問いかけました。 名前はズシンということ、体が錆付いてしまって動けないこと、戦争のこと……かろうじて動かすことのできる口を使い、一生懸命答えました。 久しぶりに口を動かしたこともあってそれはひどい受け答えだったでしょう。 けれども、彼は楽しそうに笑っておしゃべりを続けました。 「そうだ、ここであったのも何かの縁”お話”をひとついかがですか?」 「オハナシ?」 「わたくし、各地の”お話”を集めてそれを皆に広めることをお仕事としているのですよ」 「……オハナシ」 「その代わりと言ってはなんですが、ズシンさんのことを皆様にお話しさせていただくことをお許しくださいね」 私は彼の話に興味を持ちました。 「……オハナシ、ホシイ」 私がそういうと彼は嬉しそうに羽を広げ、くちばしを動かしました。 「昔々、あるところに……」 彼が話してくれたのはいままで聞いたことのない素晴らしいものでした。 遠い国のお姫様の話、世界を作った神の話、昔々の人々の話……。 いずれも私がいた『戦争』と同じ世界に存在するとは信じられない希望と楽しみに溢れた”お話”でした。 気が付くと雨はやみ、日は暗くなろうとしているところでした。 「ああ、もうこんな時間ですか、雨もあがったことですし行かなければ」 「……イッテシマウ?」 「そうですね本日はこれまでということで、それではまた会いましょう」 彼は大きく羽を羽ばたかせると沈み行く太陽の向こうへと消えていきました。 私は心臓が謎のきしみを見せる中、彼の”お話”をひとつひとつ思い出していました。 それからどれぐらい日が浮き沈みをしたころでしょうか、彼がまた私の元へとやってきました。 「パロット」 「ああ、良かった覚えてくれていただけたのですねズシンさん」 「……オハナシ?」 「ええ、今日もたくさん色んなお話を仕入れてきましたよ」 それから彼は何度も私の元を訪ねてくれました。 そしてそのたびに毎回違ういろんな”お話”をしてくれました。 動けない私にとってその”お話”は代わりに世界を旅させてくれるような素晴らしいものでした。 そして私はいつの間にか彼に特別な気持ちを抱きました。 この気持ちが”恋”ということも彼の”お話”で知りました。 「パロット」 「はいなんでしょう、ズシンさん」 「パロットノ、オハナシスキ」 「それはそれはありがとうございます、とても嬉しいですよ」 「パロットモ、スキ」 「……ありがとうございます」 役目を終わったあの日から初めて、私は自分の体が動かないことを悔やみました。 「そうですね、今日のお話は遠方で開催されるパーティの話にいたしましょうか」 「パーティ」 「ええ、それは……」 「世界から大勢の奴らを集めた、ポップンパーティだ」 ふいに響いた声に目を上に動かすと人間が浮いていました。 「MZD様」 MZD……パロットが話してくれた”神様”の名前。 「こいつか、お前の話に出てきた”鉄巨人”っていうのは」 「は、はい、しかしMZD様がなぜこのような場所に?」 「決まっているだろ」 人間が手をかざすと、私の体が急に軽くなりました。 「まだ間に合う……来い、ズシン」 腕を動かすと、パロットが慌てるように飛び立ちました。 腕が動く。足が動く。 「ズズ、ズシンさんが動いた?! コレは話の結末を変えなくては!」 「パロット」 私が腕を元の位置に戻すと、パロットが涙を流しながら腕に止まりました。 「ズシンさん……よかったですね、よかったですね」 「……パロットノ、オカゲ」 私はもう一方の腕でパロットを抱きしめました。 小さなパロットを潰さない様に、慎重に。 パロットは驚いた様子は見せたものの私の腕からは離れませんでした。 やがて、人間……いや神様を見て、頭を下げました。 「MZD様、ありがとうございますこのパロットなんとお礼を申し上げてよいか……」 「いいってことよ、こっちもパーティの参加者が増えた方が楽しいしな」 じゃあな、というと神様は手を振って消えてしまいました。 「パーティ?」 私はパロットに問いました。 「ええ、パーティですよ”お話”の世界へ行きましょう」 「パロットモ、イッショ?」 「……ええ、わたくしでよろしければ是非ご一緒させてくださいな」 そういってパロットは少し照れた顔で笑いました。 「何事もめでたし、めでたしで終わるのが一番ですね」 めでたし、めでたし。 私と彼の”お話”はいつまでも終わらずに続くのでした。 |
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