「……空を飛ぶというのは、どんな気分なんだ?」 ある晴れた日の多摩川の川岸。 ナカジとロケット86はいつものようにギターを弾きつつのんびりとした時間を過ごしていた。 ギターを引く手を休め、二人で川原に座って休憩をしているとナカジの視線がふと、ロケット86のロケット へととまる。 別れる時はいつも、ロケット86はこのロケットを背にしょってどこかへと飛んで行ってしまう。 なんで、ロケットで飛んでいくんだ? そもそも、なんで飛んで移動するんだ? ナカジの顔に疑問の表情が浮かぶ。 しばらく考えたてはみたが考えはまとまらず、しかたなく本人に聞いてみることにした。 それが、先ほどのセリフである。 「んー?どんな気分って言われてもなぁ……」 「そもそも何で飛ぶんだ、地面を移動しろ」 「そんなこと言われてもなー」 ロケット86がギターの調整をしながらのんきに答える。 「便利だし……なんといっても気持ちがいいからだな、うん」 「気持ちがいい?」 ナカジは空を見上げた。 空にはただ水色だけが一面に塗られている。 「ああ、なんていうかなすっげぇ気持ちいいわけよ」 ナカジは視線を空からロケット86に移した。 視線の先ではロケット86がそれはそれは楽しそうに笑っている。 「……理解できない」 ナカジが帽子をはずして頭をかきむしる。 そんなナカジを見て、ロケット86はまた一つ笑い立ち上がった。 「じゃあ、飛んでみるか?」 「……………………は?」 −飛び立つ− そう言って、ロケット86はロケットを引きずりながら、もっと空の良く見える場所へと移動を始めた。 ナカジはまだロケット86の言葉の全てを理解することが出来ず、眉間にしわをよせつつもその後について いく。 「……飛ぶって」 「だから、こいつで」 「誰が」 「俺と、お前」 ロケット86が自身とナカジを指差しながら答える。 「……そのロケット、二人も乗れるのか?」 「俺様の設計をなめちゃいけねぇぜ?」 ロケット86がにやりと笑う。 ナカジはその顔を見て、肩をすくめた。 「俺にまかせとけって、あー……そうだな」 ロケット86がナカジの全身を見回す。 そして、ナカジの頭から帽子を奪い、ロケットについている小窓を開け中に放り込んだ。 「帽子は取ったほうがいいな」 「……そこ、荷物入れなのか……」 「マフラーは寒いからしといたほうがいいな、でもちょっとあぶねぇからまとめるぜ?」 そういうと、ロケット86はナカジのマフラーの先端をつかみ、蝶結びを施した。 「……ださい」 「細かいことは気にするな!あと、下駄も脱げ、靴貸してやっから」 ロケット86が小窓から自身がはいているものと同じデザインの靴を引っ張り出す。 ナカジがそれに履き替えたのを見ると、下駄を小窓に放り込んだ。 「……あとは、その眼鏡だな」 「これは俺の魂だ」 「そうかい、じゃあその魂が吹っ飛ばないようにしっかり抑えときな」 ロケット86がしゃがみこみ、ロケットをいじると轟音を立ててエンジンがかかる。 ロケット86はそれを担ぐと、ナカジに向き合った。 「それじゃ行くぞ、心の準備は出来たか?」 「……俺はいつでもいい……どこに」 乗ればいいんだ?と聞こうとした瞬間、強い力にひっぱられ、ナカジの体が宙に浮き。 「しっかりつかまってろよ!」 というロケット86の声が一瞬だけ辺りに響いたかと思うと、ロケットは地上を離れ空へと飛び立った。 すごい風、すごい音、すごい重力。 ナカジはただ自分の眼鏡をおさえることに必死で、目を開くことも耳をすますことも出来なかった。 ただただ、耐えた。 しばらくすると、周りの空気がひんやりと、そして穏やかに感じられることができる。 「だいじょぶかー?」 ロケット86ののんきな声に導かれるようにナカジが恐る恐る目を開く。 そこには、地面が無かった。 「これが……空」 日が傾きかけた空からは、地上の様子がまるで別の世界のように見える。 ナカジは、その光景にしばし目を見開いて、見入った。 「……すごいな」 もう、ナカジの心にはすごいという言葉しか出なかった。 想像がつかなかった世界がここにはある。 ロケットの音、肌を刺す大気、溢れんばかりの光。 自分の体で空を飛ぶ、感覚。 「これが、空を飛ぶ気分か……確かに気持ちがいいな」 「だろう?」 「ああ……」 いつもより大きく聞こえるロケット86の声にこたえるようにナカジが顔を上げると、すぐ近くにロケット 86の顔があった。 ナカジは驚いて、今の自分の状況を再確認した。 ナカジは……ロケット86に抱きかかえられている状況になっている。 しかも、落ちないようにしっかりと足と背を抱えられている状態だ。 ナカジの顔に朱が落とされる。 「あれー何赤くなってんの?俺のかっこよさにほれちゃった?」 「……う、うるさい!離れろ!」 「いや……離れろって……離れたら落ちるぞ?」 「いいから体勢を変えろと言っている!」 顔を赤くして慌てるように怒るナカジ。 ロケット86は何かに気がついたように、口の端を軽く吊り上げた。 「……はは〜ん」 「……何だ、言いたいことがあるならはっきり言え……」 「確かにこの格好はお姫様だっこみたいですねぇ、ナカジ姫」 ロケット86のにやついた顔にナカジの無言の平手が入る。 「いってぇ……俺がバランス崩すと落ちるんだからもっと丁寧に扱ってくれよなぁ」 「……お前が変なこと言うからだ……!」 ナカジが顔を真っ赤にしながら眼鏡を人差し指で押し上げる。 「はいはい、全部俺がわるいんですよーだ」 ロケット86が口を尖らせながら、人を小ばかにしたような口調で言う。 ナカジはそんなロケット86の態度にまた平手を打ちそうになるのを寸時のところでこらえた。 夕陽が西の空へと消え始める。 二人はゆっくりと空を飛び回った。 「これからどこ行くよ?」 「……とりあえず俺の家まで送れ」 「きゃっ、ご両親にご挨拶☆」 「……今度は、グーで行くぞ?」 「いや、墜落とかマジで勘弁だから」 二人の姿は西の空へと飛んで行き、やがて夕陽にのまれて見えなくなった。 |
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