「よう、ジェフ明日のオフどうするんだ?」 一日の仕事が終わって休憩を取っているとバンドのメンバーが話しかけてきた。 「俺らはトーキョー観光に行こうっていう話なんだけどよー」 「そうだな……」 ポップンパーティから1週間、日本での仕事をこなしていたボクらにとって明日は久々のオフ。 さて、どうやって過ごそうか…… かさり、胸ポケットに違和感を感じた。 あ、名刺入れっぱなしだったのか…… 「ん?それなんだ?」 「ああ、パーティで知り合った人に名刺をもらったんだ」 小さな紙には『カットハウスサイバ』の文字とあの人の名前。 変な人だったなぁ……。 ふと気がつくと前髪が目にかかってくる。 そういえば髪の毛もずいぶん切ってないよな。 『よかったら今度髪の毛切りに来ません?』 「で、ジェフはどうするんだ?」 ああ、そういえば明日のオフはどうするかって話だっけ。 「うーん……ボクは遠慮しておくよ」 「そうか」 「ちょっと髪の毛をカットしに行ってくる」 地図を頼りに小さな商店街を歩く。 この辺りのはずなんだけど…… 角をまがると看板が見えた。 『カットハウスサイバ』 小さいけど落ち着いた雰囲気の漂うお店だ。 お客さんがいないみたいだけど……まだ準備中かな? カラン、ドアについたカウベルが来客をしらせる。 「あ、すいませんまだ準備ちゅ……」 あ、マコトさんだ。 「ジェフ君?!」 「あ、どうも、こんにちは……」 そんなに驚かなくても…… 「すいません、まだ準備中でしたか」 「いや、大丈夫大丈夫ちょうど掃除も終わって今から開店だから」 マコトさんがボクを椅子に案内してくれる。 「いやー、まさか本当に来てくれるとは思ってなかったよ」 マコトさんが嬉しそうに器具の準備をしている。 「今日はオフだったんで……」 「ジェフ君忙しそうだもんね……あ、昨日のミュージックアワー見たよ」 ジェフ君すごいね、とマコトさんが言う。 まぁ……ほめられて悪い気はしないな。 「今日は、カット?」 「ええ、全体的に短くお願いします」 「了解、5cmぐらいでいいかな」 マコトさんの手がボクの髪の毛をなでる。 「相変わらず綺麗な髪の毛だね……」 霧吹きで水がかけられる音がする。 マコトさんの手が髪の毛を梳くたび、あの日のことを思い出す。 「あの日はいきなり髪の毛つかまれてびっくりしましたよ」 「……いや、ホントマジですいません……」 あ、へこんだ。 「いえいえ、あれで緊張もほぐれましたよ」 これは本当。 あの日ボクは柄にもなく緊張していて。 そこをいきなりマコトさんに髪の毛ひっつかまれたわけで。 本当に無意識だったらしくて、必死に弁解するマコトさんがおもしろかった。 ボクはあの日のマコトさんを思い出してくすっと笑ってしまった。 「……何笑ってるの?」 「あの日のマコトさんを思い出して」 「……マジデスイマセン」 シャキリ、鋏の入る音がする。 マコトさんが僕の頭をなでる。 あの日と同じ大きな手。 シャキリ、シャキリ。 静かな店内に鋏の音が響く。 仕事で疲れた体に心地よく響く音。 「……疲れてたら寝てもいいからね」 マコトさんの声が響く。 この人は何で僕の気持ちがわかるんだろう。 シャキリ、シャキリ。 鋏の音を聞きながらボクは眠りに落ちていった。 「……フ君、ジェフ君」 「……ん、あれ?」 「あ、起きた。こんな感じでどうかな」 目がさめたボクの目には綺麗に切りそろった髪をしたボクだった。 なるほど、確かに腕はいいらしい。 「……ああ、いいですね、ありがとうございます」 「じゃあ最後にシャンプーしようか」 椅子が倒される。 シャワーのお湯が気持ちいい。 「熱くない?」 「ええ、気持ちいいです」 マコトさんの手が髪の毛を優しく洗っていく。 シャンプーが終わって、椅子が元に戻される。 「じゃあ、ドライヤーかけるよ」 「はい」 温風が髪の毛を優しく乾かしていく。 「ねぇ、よかったらこれからも俺に髪の毛切らしてくれない?」 鏡の向こうではマコトさんの手がボクの髪の毛を丁寧に乾かしている。 「……いいですよ」 「マジで?やったぁ!」 ……この人のことが気になった。 サラリと、ボクの髪がマコトさんの指の間を抜けていく。 「ところでこれから用事ある?なかったらご飯でもどう?」 鏡の向こうでマコトさんが嬉しそうに笑った。 「この近くにおいしい和食のお店があるんだけど、和食嫌い?」 「いえ、好きですよ」 「よかった!ねぇ、行こうよ」 「それじゃあ……ご一緒させてください」 ……この人のことは気になるけど、たぶんそれだけ。 きっと、たぶんですけど。 |
前へ 小説に戻る TOPに戻る |