√3=1.7320508075688772…… 永遠に続く、割り切れることのない数字。 「さっきから何つぶやいてるんだ?」 横にいるトンガリ頭が、ギターをいじくりながら俺に問う。 「……√3」 「√? ああ、あれかひとよひとよにひとみごろ〜とか言うやつだっけか」 「それは√2だ」 「ん、そうだったか? まぁ別にいいじゃねぇか、それぐらい」 そう、こんなことはどうでもいいはずだ。 なのに数字は延々と続いていき、俺の脳を支配する。 「しかし、何で√3なんてつぶやいてるんだ?」 「……意味なんか、ない」 ただ、数学の時間が退屈だったから、教科書に載っていたコラムのページを読んでいたら頭に入ってきただけだ。 そう俺が言うと、奴は興味なさそうに「ふーん」と一言言うとまたギターをいじくり始めた。 「記憶力いいんだな」 「……別に」 そういっている間にも俺の頭は数字を割り続ける。 いつか、いつか割り切れるんじゃないだろうかと心のどこかで思っているのかもしれない。 割り切れない、中途半端な存在なんて嫌いだ。 横目で奴の姿を盗み見る。 奴は鼻歌を歌いながら、見るからに楽しそうにギターの調整をしている。 ……何がそんなに楽しいのだろうか。 俺の視線に気がついたのか、奴が目だけでこっちを見た。 口元を軽くゆがめて、にやりと笑ったかと思うとすぐに奴の視線はギターへと戻された。 割り切れない。 「……なぁ」 「ん?」 「割り切れないものを、割り切るにはどうしたらいいと思う?」 「何だ、さっきの√の話の続きか?」 奴がギターをいじくる手を止め、俺のほうを向く。 「そうだなぁ、同じ数を掛け合わせるのが一番早いんじゃなかったか?」 そういうと、奴は近くに落ちていた小枝を拾うと、地面に「√3×√3=3」と書いた。 「授業中、余所見ばっかしてないでちゃんと話も聞いておけよ」 小枝を遠くに放り投げながら奴が笑う。 俺はずり下がった眼鏡を押し上げながら、地面に書かれた数式を見つめた。 「……別にわからなかったわけじゃない、単に聞いただけだ」 「へいへい、そうですかっと」 ギターの音が、ひとつはじけ飛ぶ。 その音に顔を上げると、奴がギターを手に弦をはじいているのか見えた。 「うしっ、直った直った」 ギターをはじきながら、とても40すぎのおっさんの行動とは思えない声を上げて喜ぶ、奴。 傍らにおいていたサングラスを拾い上げ装着すると、俺の方を向きにやりと笑った。 俺はまだ、数を割り続けていた。 その数は、相変わらず割り切れることはなかった。 ……93527446…… 奴の視線から目をそらすように下を向き、帽子を深くかぶりなおすと、さっき奴が書いた数式が目に入る。 √3×√3=3 この割り切れない数を割り切るのに、同じ数が必要なのだとしたら、 この奴に対する割り切れない思いを割り切るのには、同じ思いをぶつけられるしかないのだろう。 ……34150587…… そして、割り切れるその日まで、きっと俺は割り切ろうとあがき続けるに違いない。 |
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