「ただいま」 誰もいない暗い部屋に一人話しかける。 もうあの人はいないとわかっているというのに。 電気をつけると棚に飾ってある小さな薔薇の花束がおかえりを言ってくれたような気がした。 「……ただいま」 荷物を置き、薔薇に手を添える。 開きかけの薔薇の花。 これの送り主はきっともう雲の上だろう。 「もう干しちゃおうかな」 薔薇を花瓶から抜き取って、輪ゴムで軽く束ねる。 もうこのドライフラワーの作り方もずいぶんなれた。 僕の部屋はいたるところが薔薇のドライフラワーで飾られている。 最初はあの人にもらった薔薇もただ枯らしてしまうだけだった。 きれいに開いた薔薇の花は確かに綺麗だ。 けれどもいつかは枯れて朽ちてしまう。 それが僕とあの人の未来を表しているようで、すごく寂しかった。 束ねた薔薇の花束をそっと、逆さにして窓際に干しておく。 だから僕は薔薇を保存できないかと考えた。 ドライフラワーにすれば薔薇の美しさを保ったまま保存できる。 それは生花の華やかな美しさにはかなわないけど、また違った綺麗さがあると思う。 それから、あの人がくれた薔薇の花はドライフラワーにして保存しておいている。 あの人は僕の元を訪ねる時はいつもトレードマークの薔薇の花束をくれる。 毎回毎回ドライフラワーにして飾っているものだから、そのうち部屋の中が薔薇の花であふれてしまうんじゃないかと思う。 でも、それはそれであの人に包まれているようで嬉しい悩みかもしれない。 棚に飾ってある薔薇のドライフラワーとつるされている薔薇の花を見比べてあの人のことを思い出す。 ずっと一緒にいてくれるような気がするから、離れていてもさみしくない。 ……さみしくなんか、ない。 「さて、夕御飯の準備しなきゃな……」 誰もいない部屋に一人呟いてみた。 あの人が今度来るときには何をしようか。 今よりも、これから来る未来のことだけ考えて。 一時的に花開き枯れてしまうのならば、地味でもいい枯れない未来を僕は望む。 僕とあの人の関係がずっとずっと続きますように。 そんな願いを薔薇の花にこめて。 |
小説に戻る TOPに戻る |