今日も無事にライブを終えて、鼻歌を歌いながら安アパートへの家路を辿る。 目を閉じれば会場のあの歓声が、あの熱気が、あの興奮がよみがえるようだった。 今日は疲れたし、早めに寝るか……。 ベースを担ぎなおしてアパートの階段を一歩一歩上がる。 やっと自分の部屋の前までたどり着くと、扉越しに部屋に対する違和感がわく。 ……電気が、ついている。 おかしい、俺は確かに今日部屋を出る前に電気を消したはずだ。 嫌な予感がしつつも、ドアノブに手をかける。 俺は、今日しっかりと鍵をかけてきたはずだ。 手に嫌な汗をかきつつ、ゆっくりとドアノブをひねる。 ……音も無く、扉が開いた……。 俺は、その先の光景に自分の目を疑った。 扉の向こうにあったのは……。 「あ、おかえりなさいませ城西さん!」 「ミシェル……」 全身から力が抜けるのを感じる。 緊張しながら扉を開けた俺を出迎えたのは、緊張感の無い笑顔をしたミシェルだった。 「なんで俺の部屋に……」 「いやー、ライブでお疲れの城西さんにおいしいご飯を食べていただこうと思いましてね」 いつも身につけている黒いエプロンではなく、レースのついた白いエプロンに身を固めたミシェルが 俺の方へと向かってくる。 ご丁寧に三角巾まで頭に巻いている。 お前は新妻か。 「どうしたんですか、ぼーっとしてないで早く入って来たらいかがです?」 「ミシェル……どうやって部屋に入った、俺は鍵をかけておいたはずだが……」 「ひ・み・つですよ、強いて言うのであれば愛の力に不可能はないということでしょうか」 ミシェルがウインクしながら、弾んだ声で言う。 俺は強いめまいに襲われるのを感じ、頭を抱えた。 こいつのことだから何を言っても無駄だろう。 たまに、こいつが本当に人間なのかすら怪しく思えてくる。 髪の色は変わるし、怪しい魔法まで使いやがる……どうせそのよくわからん力で外から鍵を開けるな りなんなりしたんだろう……。 この近くで盗難が起こったら、きっとこいつの仕業じゃないだろうか。 ま、こいつがそんなちんけな犯罪なんてしないことは俺がよくわかってはいるがな……などと考えな がら、俺は突っ込みを入れることをあきらめ、ため息を吐いた。 「今準備してますから、もうちょっと待ってくださいね」 部屋に入るとコタツの上に食事の準備がなされていた。 心なしか、部屋も少し片付いているように見える。 コタツにはカセットコンロと野菜の入ったボウルがおかれていた。 「コンロに野菜……てことは鍋料理なのか?」 「ええ、たくさんお野菜を取っていただこうと思いまして、水炊きです」 水炊きねぇ……確かにそれらしい野菜ばかりだな。 よく見るとコンロの影に豆腐の入った入れ物も置かれている。 ……ん? 「肉は?」 「はい?」 「いや、水炊きってことは鶏肉が入るんだろ?見当たらないなと思ってよ」 その瞬間ミシェルの眼鏡が怪しくきらめいた……ように見えた。 「いやだなぁ、僕が城西さんをいただくからに決まってるじゃないですか」 は? 不気味な笑みを浮かべながら、にじり寄ってくるミシェル。 俺は危険を察知して後ろに下がろうとするも、あっけなくミシェルに腰を捕らえられる。 「お、おい!」 「城西さん、あなた自分に何の遺伝子が混じっているか忘れてしまったんですか?」 ミシェルの言葉に、思い出す。 人間の血の方が濃いからほとんどわからないが、俺は半獣……鳥との、だ。 ミシェルの指が俺の唇を這う。 「今日のメインディッシュはあなたですよ城西さん……お布団の中で城西さんのエキスをたーっぷり と味わってあげますから……ね?」 ミシェルの笑みに、悪寒がはしる。 冗談じゃない、押し倒されるのはもう御免だ! しかし、何かの魔法にでもかかったかのように身動きが取れない。 これはあいつの力なのか、それとも俺があきらめてしまったからなのか……。 覚悟を決め、目を閉じた時、腰に巻きついていたミシェルの腕が離れていくのを感じた。 「なーんちゃって、冗談ですよ、びっくりしました?」 「お前なぁ……」 また全身が脱力するのを感じる。 目の前でミシェルがへらへらと笑う。 「鶏肉は先にしっかり煮ておくと、いいお出汁が出るから流しで調理してるだけですよ、そろそろ煮 えましたかね?」 ミシェルがうきうきとした様子で流しへと。 「……悪い冗談はやめろよな……」 俺は息をついて、コタツへと入り込んだ。 まったく、あいつにはいつもひやひやさせられっぱなしだな……はぁ。 少しすると、ミシェルが土鍋を抱えて流しからやってくる。 「さぁご飯にしましょう!」 うきうきとした様子で鍋に野菜を投入するミシェル。 何度驚く目にあわされても、何度ひやひやさせられても、こいつを完全に拒絶することが出来ないの は、きっと俺がもうこいつの魔法に絡め取られてしまってるせいなんだろうな……。 俺は自分の考えに、大きくため息をついた。 「……どちらかというと城西さんはメインディッシュというより甘い甘いデザートですよね……」 ミシェルが小さな声で何かをつぶやく。 「……何か言ったか?」 「いえ、何も?」 ミシェル何もなかったかのように笑顔で答える。 が、俺の目は怪しく光ったミシェルの眼鏡をみのがさなかった。 「……そうか」 嫌な予感を感じつつ、俺はまた一つ息をはいた。 |
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