夕暮れの多摩川。 川の水がオレンジの光を反射する横を、買い物袋を持ったヒグラシが歩く。 彼はふと思う、この川の水はどこへ流れていくのかと。 −河口− なんとなく、この川がどこへ続いていくのかと思った。 いや、海へ続いてることは確かなんだけれど。 ただ、この川の水がどんな道を通って海まで流れ着くのかそれが気になった。 下流までこのまま歩いてみようかと思ったけど、袋の中にあるアイスがそれを許さない。 川はどこまで川なのか。 川はどこから海なのか。 とりとめもない疑問が僕の頭の中をめぐる。 川を離れ、ヒグラシは路地裏へと入る。 夕暮れとはいえまだ蒸し暑い気温を肌で感じながら、「アイスが溶けないといいな」と彼は思う。 川は、長い長い距離を流れて河口へとたどり着く。 様々な景色を流れ、様々なものとふれあい、そして海へと流れ着く。 多摩川だけじゃなく、どんな川だって最後は海へとたどり着く。 それは言い換えれば、川は必ず海とめぐり合うことができるってことで。 川と海はめぐり合い、混ざり合う。 ヒグラシの頭に、多摩川の流れが思い浮かぶ。 それはまるで人間の生き様にもよく似ている、と思う。 人はそれぞれの人生を歩み、様々な人とめぐり合う。 けれども最後に落ち着くのはその人にとって決まった場所であったり、人であったりするわけで。 カンカンと金属製の階段が音を立てる。 ヒグラシは一番奥の扉のドアノブに手をかけ、鍵が開いているのに気が付き、一瞬驚いた様子を 見せたが、思い当たるふしがあったのか微笑を浮かべた。 「おかえり、ヒグラシ」 「ローズさん、もういらっしゃっていたんですね」 ヒグラシがドアを開けると部屋の中でローズが座布団に座って本を読んでいるのが見えた。 その様子を横目で見て、買い物袋の中のものを冷蔵庫に詰め込む。 物を詰め込み、ヒグラシは居間に行きローズの隣に座った。 「すいません、もう少し早く帰ってこようと思ったんですけど授業が長引いて……」 「こっちこそ突然ごめんね、ヒグラシに会えると思ったらいてもたってもいられなくなっちゃっ てね、お言葉に甘えて合鍵で家に上がらせてもらったよ」 ローズがふいに、ヒグラシの肩を自分へと引き寄せる。 「うわぁ?!」 「それに……一回やってみたかったんだよね、ヒグラシに『おかえり』って言って迎えるの」 ローズがヒグラシの耳元でささやく。 「ローズさんってば……」 その言葉に軽く顔を赤らめながらヒグラシが言葉を返す。 「あ、お夕飯お魚にしようと思うんですけど、ローズさん大丈夫ですよね?」 そっと体を離しながらヒグラシが言う。 「大丈夫だよ、むしろヒグラシが作ってくれるんだから駄目だ何ていうわけないだろう?」 ローズが笑いながら言った。 その言葉にヒグラシは微笑を返して立ち上がる。 「それじゃ、ぱぱっと作っちゃいますね」 「楽しみにしてるよ」 ヒグラシが壁にかけてあったエプロンを取って台所に向かう。 台所に立ちながら、ヒグラシはさっきのローズの言葉を思い出した。 『おかえり』……いつも1人だったからその言葉を聞いたのはいつ以来だろうか。 ヒグラシの頭にさっきの自分の考えが呼び起こされる。 1人歩く僕は川。 ローズさんは僕を包み込んでくれる海。 2人は出会い、そしていつまでも離れることはない……なんてね。 「……そうだったらいいのになぁ……」 ヒグラシが自分の考えに笑いながらつぶやく。 「ん?なんか言った?」 居間からローズの声が聞こえる。 「ふふ、なんでもないですよー」 そして、僕とローズさんが一緒にいるこの部屋は河口。 海でもない、川でもない場所。 |
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