授業が終わり、いつものように橋の下に向かう俺。 あいつとギターを弾くのが何故だか知らんが最近の俺の日課と化している。 まぁそんなことはどうでもいいことだが。 いつもの場所の手前まで来て、ある違和感に気がつく。 ……ギターの音が聞こえてこない。 今日はいないのだろうかとも思ったが、柱の影から見えるどぎつい赤は、あの野郎の存在を如実に表し ている。 ギターの音の代わりに漂ってくるのは何だ。 何かの匂いだ。 あいつは座り込んで何をやってやがんだ。 「よいーす、ナカジー」 「……何だこれは……」 いつもの場所に来るとそこは、居間だった。 否、居間ではない。 ただ、俺の目にはあるはずが無いちゃぶ台が確かに見えた。 「何、ぼさーっとつったてんだよー座れよー」 目の前にいる奴から酒の匂いがする。 俺は奴に促されるままに、仕方なく横に座る。 奴が片手にもった缶ビールに口をつける。 「ぷはぁー、この一瞬のために生きてるぅ!」 ……アホか。 日の傾きから見ても今はせいぜい夕方5時といったところだろう、何でそんな夕方からできあがってん だ、この親父は。 「……何で夕方から酒なんか飲んでるんだ」 奴に精一杯の冷たい目を向けながら俺は尋ねた。 「んぁ?だって、鍋といったら酒飲まないわけにはいかねぇじゃん?」 ……そう、見えるはずの無いちゃぶ台が見えるわけ。 俺と奴の目の前には湯気を立てて煮える鍋の存在があった。 ロケットとチューブでつながれたコンロの上には凹んだ鍋が載っている。 その鍋の中では濁った汁の中に色取り取りの具材が泳いでいる。 ロケットとつながってるってことはこの燃料はロケットの燃料から取ってるってことか? そんな馬鹿な。 「……これ、つながってるのか?」 チューブの存在を奴に尋ねると、奴の顔がぱぁっと明るくなる。 「良くぞ聞いてくれました!これは俺の改造の証、どこでも火に困らない、どこでも調理が出来る、す げー機能、ロケット86に備わる86の能力のうちの一つ、その名も……!」 「もういい」 「聞けよ!」 相変わらずいらんところばかり器用な奴だ、と思う。 奴は何やらぶつくさ言いながら缶ビールを地面に置きロケットの小窓から椀を一つ、取り出した。 「俺の渾身の作だって言うのに……まぁいいか、お前も食うだろ?」 椀を片手に持ち、奴が笑う。 夕飯が食えなくなるな、と思ったがどうせ今日も両親が遅いので夕飯など存在しないことを思い出し、 俺は黙って一つうなずいた。 「ほらよ」 鍋の中身を注がれた椀を受け取ると、湯気で軽く眼鏡が曇った。 それぐらい椀の中身は暖かかった。 「熱いから気をつけて食えよ」 奴が笑いながらまた缶ビールを傾ける。 椀の中にはよく煮えた野菜と、ピンク色の魚の切り身が見えた。 口をつけて一口すすると柔らかい味噌の味が口腔内に広がった。 冬の寒い風の中、汁の温かさが体にしみる。 「うめぇだろ?俺様特性石狩鍋、なんせ俺が今朝材料を買ってきた奴だからな」 「まぁまぁだな……まさか、この鮭取ってきたとかいわねぇだろうな」 「うーん、さすがに旬の時期じゃねぇからそれは無理だと」 さすがにこいつでもそんな無茶はしないか、と柔らかく煮えた大根に箸を通す。 「……と、鮭を取りに行った北海道の漁港で現地の漁師に言われた」 ごふっ、と奴の発言に思わず咳き込む。 「……北海道までは行ったんだな、そのロケットで……」 「あたぼうよ!どうせ食うんだったらうめぇほうがいいだろ?」 「まぁな」 鮭のかけらを口に運ぶと暖かさはさらに体にしみこんだ。 「……暖かいな……」 「だろ?やっぱり冬は鍋だよな!」 奴がしまりの無い顔をして笑いながら、缶ビールを飲み干す。 その様子を見ていたら、サングラスの奥の奴の目と目があった。 「……なんだ、お前も飲むか?」 「未成年に酒を勧めるな」 「へぇへぇお堅いこって……」 奴から目をそらして、椀の中身をすする。 「ほれ、受け取れ」 その声に顔を上げると、奴が缶を放り投げてきた。 片手でキャッチすると、それは暖かい烏龍茶の缶だった。 「それで気分ぐらいは味わえんだろ?おこちゃまナカジ君」 奴が新たな缶ビールのプルトップに指をかける。 「……おこちゃまとか言うな、駄目大人」 俺はニヤリと笑いながら烏龍茶の缶を開けた。 奴とまた、サングラスと曇った眼鏡越しに目が会う。 奴がニヤリと笑った。 「それじゃ、うまい飯に乾杯!」 「……乾杯」 缶と缶が合わさって、軽い音が響いた。 「ところで、この烏龍茶暖かいんだが……どこから出したんだ?」 「良くぞ聞いてくれました!これは俺の改造の証、どこでも冷えた飲み物が飲める、どこでも暖かい 飲み物が飲めるすげー機能、ロケット86に備わる86の能力の一つ、その名も……!」 「もういい」 「だから、聞けってば!」 ふてくされながら缶ビールを口に流し込む奴を横目に、ずいぶん冷めてしまった椀の中身をすする。 ぬるくなってはいたが、その暖かさは体と……心にしみた。 |
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