人生とは、実に味気なく退屈なものである。 と、誰かが言った。 キーンコーンカーンコーン…… 授業終了のチャイムと同時に教室を走り去る。 クラスメイトに軽く手を振って、俺はいつもの場所に行く。 多摩川に架かる鉄橋の下。 学校が終わった後、そこでギターを弾くのが俺の日課だった。 音楽はいい、つまらない毎日に色を添えてくれる。 散歩をしている男とすれ違い、おつかい帰りの小学生を追い越し、ただひたすら走る。 その場所に近づくと、急に激しいギターの音が聞こえてきた。 珍しいな、先客か? だんだんと近づくにつれて、音の主の姿がはっきりしてくる。 −退屈な日々− 激しくギターを掻き鳴らすその男は全身赤い服に身を包んでいた。 こいつは変人だ、近寄るとやっかいなことになると俺の頭が警鐘を鳴らす。 けれど、その音に俺の耳は吸い寄せられた。 俺に気がつかずにその男はギターを弾き続ける。 どれぐらいの時間がたったのだろう、その膠着状態は鉄橋の上を走る電車の音によって断ち切られた。 ギターの音がやみ、男がこちらを向く。 おっさんだ。 おっさんは俺を見た。 「ああ、いつもこの辺にいる坊主か」 「……何故俺のことを知っている?」 「何でっていつも空から見てたからな、そうすっともうこんな時間なのか」 ……空? 俺がその不可解な言葉に首をかしげていると、奴は柱の影から何かを引っ張り出してきた。 それはどう見てもおもちゃにしか見えない、大きなロケットで。 奴はそれを背中に背負うと「じゃあな」と手を振った。 まだ状況が理解できない俺を尻目に、奴は大空へと飛んでいった。 あのおもちゃのようなロケットが火を噴いて、日が沈みかけた空へと消えていった。 俺は軽く自分の頬を手でつねった。 次の日、奴はまたそこにいた。 今日はギターを弾かずにあのロケットをいじくっていた。 奴は俺に気づくと、「よっ」と気の抜けた声で俺に声をかけた。 「……何やってんの?」 「いやーこいつがちょっと調子悪くてよー」 俺は奴の手元を覗き込んだ。 おもちゃのようなロケットの中になんだかよくわからない機械がたくさん詰まっている。 「お前、ギター弾きに来てんだろ?まぁ俺のことはどうか気にせずに」 奴が俺の背中のギターケースを指差して、ニヤリと笑う。 「言われなくても、そうするさ」 俺は奴に背中を向けて、ギターを弾く。 奴が俺のギターに合わせて鼻歌を歌うのがかすかに聞こえた。 その次の日、奴は俺に名前を聞いた。 「なぁお前、名前なんつーの?」 「……ナカジマ」 「眼鏡のナカジマ……野球やんの?」 「やんねぇよ!……あんたこそ、何ていうんだよ?」 「ん、俺?ロケット86」 「…………本名」 「イソノ」 「ふざけんな」 「おーこわいこわい……俺はロケット86、ただそれだけさ」 俺が何か言おうとすると、奴はそれだけ言って空へと消えた。 その次の日、奴と一緒にギターを弾いた。 悔しいけど、うまかった。 「なぁ、ナカジ」 「……俺はナカジマだけど」 「いいじゃん、お前間抜けそうだから『マ』を抜いてナカジ、はい決定」 「……は?」 奴がニヤニヤ笑いながら、ギターを手に取る。 「ナカジはギター好きか?」 「……好きだね」 「そうか、俺も好きだ」 奴が軽くギターを鳴らす。 「もう一曲行くか?」 「当然!」 奴は笑った。 そのまた次の日。 奴はいなかった。 その次の日も、次の日も、やつはいなかった。 俺は一人でギターを弾いた。 がむしゃらに掻き鳴らし、そして叫んだ。 その声は鉄橋の上を走り去る電車の音にかき消された。 そして次の日、俺は風邪を引いた。 本棚に立てかけられたギターケースが寂しそうだった。 次の次の日、俺はそこに走った。奴はそこにいた。 いつものように陽気な音を立てていた。 俺に気がつくと、「よう」と奴は笑った。 俺も、「よう」と笑って返した。 「風邪でも引いたか?」 「……大きなお世話」 「図星か」 奴が笑った。 人生とは、実に味気なく退屈なものである。 「……この前どこいってたんだよ」 「おお、そうだそうだお土産やるよ」 「……何だよこの石ころは」 「月の石」 「嘘付け!」 だからこそ人生には、刺激と彩りが必要なのである。 と、誰かが言った。 |
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