仕事が早く終わった、けどそのまま帰るのはもったいない。 そんな日はお気に入りの洋菓子屋で二人分のケーキを買って多摩川沿いを散歩する。 「チョコレートケーキでよかったですかね……」 そうすれば、毎日頑張っているちびっこ発明家の工房が見えてくる。 けどその日は何かが違った。 目の先に工房をとらえたその時。 爆発音と吹きあがる黒煙。 俺の思考は一瞬停止したのちに結論を導き出した。 「爆発したーーーーーーーーーーー?!」 -ケーキと爆発- あわてて工房に駆け寄り、扉をあける。 その瞬間、黒煙で視界が遮られ何も見えなくなる。 煙が、目にしみる。 「げほっ、げほ、ライト君っ! ライト君!!」 俺は涙を流しながら主の名前を叫んだ。 「あれっその声、F?」 名前を叫ぶと、緊迫した状況とは反対にとぼけた声が帰ってきた。 やがて、視界が晴れ行くと現状が見えてくる。 いつもの工房はすすで汚れ、消えていく黒煙の先には煙を吹く機械とそれをいじる主がいた。 「うわっびっくりした! 何でいるの?!」 「びっくりしたはこっちの台詞ですよ! ライト君、無事ですか?!」 「無事って……ちょっと失敗しちゃっただけだよ〜、F仕事は?」 「終わったから見に来たんですよ、はぁ……」 のんきに答えるライト君、その姿に全身の力が抜けるのを感じた。 どうもライト君の様子を見るとこれぐらいのことは日常茶飯事らしい。 近所迷惑なことだ……はぁ。 「何、心配してくれたの?」 「するにきまってるじゃないですか……ああもう、そんなに汚れちゃって……」 「これぐらい唾付けときゃ、平気だよ」 全身すすだらけのライト君。 よく見ると擦り傷や軽いやけどの跡が見受けられる。 「そんなわけないでしょう」 ライト君の手を引いて、水飲み場まで引きずっていく。 俺はポケットからいつも持ち歩いている絆創膏を取り出した。 ライト君の手や顔を洗わせて、タオルで拭いて絆創膏を貼っていく。 「F、手慣れてるね」 「そりゃあ仕事上、怪我とは深いお付き合いですからね」 よく見ると、いつもの鼻の上の絆創膏もはがれかけていた。 「ここも貼り替えてもいいですか? ついでですし」 「いいよー」 俺はいつものように絆創膏を貼ろうと……貼ろうと……貼ろうと……。 「あの……ライト君……」 「何?」 「その……そんなに見ないでくれませんか……」 絆創膏を貼ろうとすると、どうしても俺を見るライト君の目と目が合ってしまう。 こんなにライト君と正面に向き合うのは初めてかもしれない。 「えー」 「……その、恥ずかしいんですけど……」 「嫌だよ」 といってにこにこと笑うライト君。 どうも俺の心情はすべて見抜かれているらしい。 ああもう。 さっと絆創膏を貼って、その無防備なおでこにデコピンを一発。 「いたっ!」 「あんまり大人をからかうもんじゃありません」 「ちぇー、ところでさその白い箱、何?」 白い箱?と思い、横を見ると無造作に放り投げられた白い箱があった。 「開けてもいい?」 「あっ」 すっかり存在を忘れていた。 きっと慌てて思いっきり振り回したり、放り投げたりしたはずだった。 「ケーキだ!」 「すみません……ぐちゃぐちゃになってしまいましたね……」 ライト君が形の崩れたチョコレートケーキを手でつかんで食べる。 「ん、おいしい!」 「もう、お行儀が悪いですよ」 と口では言いながら、目の前でおいしそうにケーキを食べるライト君を見ているとちょっとほっとした。 「今日は失敗しちゃったし、もう終わりにしようかなー」 「そうしたほうがいいですよ。お風呂も入らないといけませんし」 「お風呂!」 指先のチョコレートをなめながら何か思いついたようにライト君が飛び跳ねる。 「ねぇ、一緒に銭湯行こ?」 「銭湯ですか……いいですね」 最近、ゆっくりとお風呂にはいることもなかったように思える。 「やったぁ! さっそく準備しなきゃ」 「って、俺、着替えも何にも持ってないですよ」 「いいじゃん! 僕の貸してあげるよ!」 ぐさり。 ライト君の服が着れるという事実が胸にささる。 「……どうも」 「わーい、楽しみだなー!!」 喜び走り回るライト君。 うーん……ゆっくりはできなさそうだ。 少し心でため息をつきながらも、俺の顔は自然と笑みを作っているのだった。 |
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