「作りすぎた……」 皿に山盛りになった野菜炒めを見つめながら、ツクバはため息とともに小さくつぶやいた。 頭によぎるのは、昨日やっと片付いた肉じゃがの記憶。 何でいつもこうなるんだろう、とツクバはずり落ちたメガネを軽く押し上げた。 とりあえず夕食にしようかと顔をあげたその時、玄関のチャイムが弾むような音で来客を告げる。 「だれだろうこんな時間に……」 少し遅めの夕食時とも言える時間帯、こんな時間に家を訪ねてくる人物に思い当たる節などない。 せわしなくなり続けるチャイムにせかされるように、ツクバは玄関へと向かった。 「はいはい今開けます……うわぁっ!」 「ツークーバーっ!」 玄関の扉を開けた瞬間に、大きな腕に抱きしめられる。 その腕と胸板の持ち主に、ツクバにはとてもよく覚えがあった。 「ブ、ブラウン……?」 腕の中で身をよじるように顔を上げると、そこにはとてもうれしそうに笑う幼馴染、ブラウンの姿があった。 「久しぶりだねーツクバ、一週間ぶりかな?」 「……たぶん、一ヶ月はたってると思いますけど」 「あれ、そうだっけ」 くるしそうにしているツクバに気づくとブラウンは腕を解き、ツクバの頭を軽く叩くようになでた。 「まぁまぁ立ち話もなんですから、あがってくださいよ、何もおかまいできませんけど」 そんなブラウンのしぐさを見つつ、ツクバはやわらかい笑みを浮かべブラウンを自分の部屋の中へと 招き入れた。 「お茶どうぞ」 「ありがと」 温かいお茶とお茶菓子がちゃぶだいの上に乗せられる。 「そうそう、おみやげおみやげ」 ツクバの手に渡される、茶色い包み。 その包みを開くと、中から竜をかたどった手のひらサイズの木彫りの人形が姿を現した。 「かわいいですね、今度はどこへ行ってきたんですか?」 人形を持って本棚の上へと手を伸ばすツクバ。 ブラウンはどこかへ行くたびに木彫りの人形をお土産に買ってくるので、ツクバの家の本棚の上は すでに木彫りの人形に占拠されてしまっていた。 ブラウンいわく、その温かみが好きでつい買ってしまうのだとか何だとか。 本棚の上のコレクションに新しい仲間を加えると、ブラウンの見てきた世界を思いツクバはにこりと 微笑んだ。 「今回はー、メルヘンランドに行ってきたんだ」 お茶をすすりながらブラウンが答える。 「メルヘンランドですかー、話には聞いたことはあるんですけど……」 「すごい綺麗だったよ、大きなお城があって、そこで毎日のようにお祭りが開かれていたんだ」 大きな体を大きく動かして、楽しそうに語るブラウン。 外見に似合わないはしゃぎっぷりに、小さいころから変わらないな、とツクバは思った。 「そういえばいつ日本に帰ってきたんですか?」 旅好き、というかむしろ放浪癖の強いブラウンは、いつ日本に帰ってきて、いつ日本を去ってしまう のかわからない。 次はいつごろ行ってしまうんですか、という言葉をツクバはお茶と一緒にのどの奥に飲み込んだ。 「ん?さっきさっき、ついさっき」 「つい、さっき?」 「そう、ついさっき日本について、そのままツクバの家に来たの」 きょとんとした目をするツクバに、ブラウンは満面の笑みで答えた。 「……あなたにはちゃんとしたお家があるでしょうに……」 ツクバにはこの言葉をつぶやくだけで精一杯だった。 ブラウンはちょっと名の知れた俳優で、こんな安アパートとは比べ物にならない立派な家を持ってるし 帰りを待っている人だって、いっぱいいるはずなのに。 「だって」 頭を抱えるツクバに気がつかないのか、ブラウンがへらへらと笑いながら言葉を続ける。 「オレ、ツクバのこと大好きだしー」 ブラウンの大きな手が伸びてきて、ツクバの乱れた髪を整える。 「悩むと頭をかきむしる癖、治んないね」 「……なんせ癖ですから」 気の済むまでツクバの髪をいじり倒したブラウンはそのまま畳の上にごろんと大の字に広がった。 小さな部屋に広がるブラウンの大きな体。 「てかオレ、自分の家にいるよりツクバの家にいる時間の方が長いって、絶対。 きっと第2の我が家ってこういう時に使うんだよ」 畳にほお擦りをするように転がるブラウン。 その様子がまるでだだをこねる子供のようで、ツクバは心の中でくすりと笑った。 よいしょ、と小さな掛け声をこぼし、ツクバが立ち上がる。 「ほら、ちょっとよけてくださいな、踏んづけますよ?」 「んー?」 「そのまま家に来たってことはお夕飯まだなんでしょう? 僕もまだなんで一緒に食べましょう、普通の野菜炒めですけど」 「やった、ツクバのご飯!オレ、ツクバのご飯も大好きー」 寝転んでいたブラウンが飛び跳ねるように起き上がる。 すっかり冷めてしまった野菜炒めを電子レンジに放り込んで、慣れた手つきでお茶碗を二つ用意する。 一人暮らしのはずなのに、食器棚に収まるたくさんの食器。 きっと、いつもご飯を多めにつくってしまうのも。 「ああ、そうそう」 台所からツクバが顔をのぞかせる。 「第2の我が家にするのはいいんですけど、我が家っていうぐらいですからちゃんと帰ってきてくださいよ?」 言葉をつげられたブラウンは一瞬だけ驚いたようなしぐさをすると、即答した。 「もちろん、あたりまえでしょ」 まるでそれが自然な事であるかのように答えるブラウン。 ツクバはそれを聞いて、複雑な心を胸の内に抱える。 待つことしかできない自分へのもどかしさと、ブラウンに対する気持ちと、うれしさと、それから 少しだけの気恥ずかしさ。 「……まいりましたね」 ツクバが軽く頭を掻いて、髪の毛を乱すと電子レンジが調理の終わりを告げる。 居間のほうから、今度のお土産は表札に決まりだね、という言葉が聞こえた。 |
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