ベクトル



「ここのケーキは絶品なんだよ」
つれてこられたのは小さなカフェだった。
都会の真ん中にありながらも、静かで落ち着いた雰囲気を持った店内。
こういう雰囲気は好きだ。
……こんな状況じゃなかったらね。
今ボクの目の前にはおいしそうなチーズケーキと、クリームソーダが置かれている。
いつ見ても、体に悪そうな色だ。
ローズさんはティーカップを片手に微笑みながら、ボクを見ている。
……やっぱりこの人の意図がわからない。
チーズケーキにフォークをさして、口に運ぶ。
うん、確かにおいしい。
「おいしいでしょ?」
「ええ、とても」
「よかった、君が好きそうなお店だと思ったんだよね」
ボクが?
何のために?
困惑しながら、やけに赤い色をしたクリームソーダのチェリーをつまみ、かじる。
体に悪そうな味が口の中に広がった。
「どうしてって顔してるね」
ローズさんがにこりと笑う。
「ボクは君の事が好きだからだよ」
手に持っていたチェリーが、ポロリと転がり落ちた。



「やっぱり気づいてなかった?」
真っ白になった頭が、ローズさんの声によって引き戻される。
「君の事をずっと見てたよ」
そういってボクを見るローズさんの目。
ああ、なんで気がつかなかったんだろう。
ボクはこの視線をよく知っていたはずなのに。
「ボク……ですか……?」
「そう、君」
ローズさんが口元に笑みを作る。
「いつ言おうかなと思ってたんだけど、ある人から今日君が一人で出かけるって聞いてね、ちょっと
強引だったかな?」
ボクガノコトガ、スキ?
「ローズさんはヒグラシさんのことが好きじゃなかったんですか……?」
「ボクが?何で?」
「だって、ボゥイのことをじっと見て……」
頭がまだ追いつかない。
何を言ってるんだろうこの人は?
「ああ、確かにうらやましいなーって思いながら見てたけど……そんなふうに思われてたのか」
ボクは、蚊帳の外のはずだったのに。
「返事は今じゃなくていいよ、すごく混乱してるみたいだから」
ローズさんがそういって笑う。
ボクは心を落ち着かせるために、目の前にあるチーズケーキをもう一かけら口に運んだ。
「けれど、ボクは本気だからね」
ボクをじっと見つめる、ローズさんの視線。
チーズケーキの味はもう感じる事はできなかった。





「……今日は、ありがとう」
「いえ、こちらこそ……」
気がつくと、ボクはボゥイの家の前にいた。
手にはローズさんからのプレゼントとしてバラの花束が握られていた。
「……ごめんね、困らせちゃったみたいだね」
「……いえ」
まだ、実感がわかない。
ボクは、告白、されたのか?
ローズさんがふわりと笑い、ボクの顔を引き寄せる。
「うわっ……」
「……シルヴィー」
耳元でローズさんの声がする。
そのまま唇がボクの頬を掠めて、そのまま離れていった。
「じゃあ、またね」
「はい、また……」
真っ赤な車が走り去っていく。
ボクはその車が見えなくなるまで、じっと見つめていた。



「……ただいま」
「おかえり、遅かったね?」
「ヒグラシさんは?」
「明日のために帰ったよ、お弁当作ってくれるって!」
家に帰ると、ボゥイが一人ソファの上でゲームをしていた。
「そっちこそ、どうだったのさ?」
ボゥイがニヤニヤと笑いながらこっちを見る。
『ある人から今日君が一人で出かけるって聞いてね』
……こいつか。
こいつは最初から全部知ってたってわけなんだな?
そのニヤニヤ笑いをやめろ、このバカが。
「……別に、何もないけど?」
ボクは精一杯冷静を装って、振舞う。
「ふ〜ん?」
「何だよ、何か言いたい事でもあるのか?」
ボゥイが気味の悪い笑いを浮かべながらボクを見る。
「ほっぺたに口紅付いてるよ、紫の」
「……っ!」
さっき唇が掠めた辺りを手の甲でぬぐう。
手の甲にあの人がつけていた口紅がかすかに残った。
「何も、ないねぇ……」
ボゥイがテレビに視線を戻す。
ボクは、手に持っていたバラの花束を見た。


『ボクは本気だからね』


男が男を好きになるだなんて不毛だ、不毛な思い以外の何物でもない。
そんな思いに対する答えだなんて、一生出るはずが無かったのに。
……無かったのに。
とりあえずボクはバラの花束を床に置き、スリッパを構えてソファの上のオレンジ頭に狙いを定めた。


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