朝、ナカジが下駄箱のふたを開けるとそこに見慣れないものが入っていた。 赤い包装紙でラッピングされた四角い箱、軽くゆするとカサカサと乾いた音がする。 さまざまな事象を組み合わせ浮かんだ結論にナカジはかすかに息を吐いた。 「ナカジおはよー!」 箱を手に持ったままどうしたものかと考えていると背中を誰かに強く叩かれた。 叩かれたというよりはたかれたと言った方がいいかもしれない。 「……タロー、叩くなといったら何度わかる」 「あっごめんごめん、てかさナカジ聞いてよ、俺さ今日の朝の占い最下位でさーちょーやる気ナッシングー」 衝撃でずれた眼鏡を押し上げながら、後ろを振り向くとそこにはクラスメイトのタローがいた。 ナカジの苦々しい講義をあっさりと流すタロー。 好き勝手にしゃべっていたタローの口がふいに閉じられ、視線がナカジの手の中の箱にとまる。 「うわっ何それ!? あ、わかったチョコレートだ! いいなぁ〜」 相変わらずうるさい奴だと顔をゆがませながら、ナカジは箱の角でタローの額を軽く小突いた。 タローが小さく「いて」とつぶやく。 「もー、なにすんだよー」 ナカジは口を尖らせるタローを一目見ると、タローの持つ口の開いたかばんに手に持っていた チョコレートと思われる箱を放り込んだ。 それと同時に床においておいたかばんとギターを担ぎ上げる。 タイミングよく朝のホームルームの開始を知らせるチャイムが校内に鳴り響く。 「ホームルームが始まる、行くぞ」 「ちょ、ちょっと待ってコレどーすんの?!」 タローがチョコレートの箱を取り出しながら歩き出したナカジの後に続く。 「……やる」 「えっ、ナカジってば俺のこと……」 「俺にそんな趣味は無い」 手を顔に当てた、いわゆる「ぶりっ子ポーズを」とって体をくねらせるタローをナカジはばっさりと 切り捨てた。 「もー、冗談に決まってるじゃん」 「……俺は甘い物は大嫌いだ……遅刻するぞ」 「あ、待ってよー!」 歩く速度を上げるナカジ。 タローはかばんに再びチョコレートを押し込み、このチョコレートの送り主に心の中でナカジの代わりに 謝ると急いでナカジの後を追った。 −99%− 学校を終え、ナカジはふらふらと街中を歩いていた。 どこに行こうと考えていた訳ではないのだが、気がつくといつもの鉄橋の下にたどり着いていた。 「よう」 そこにはやっぱりいつものようにロケット86がいた。 ロケット86は軽く手を上げナカジに呼びかけると、またいつものようにギターに手をかけた。 それは本当にいつもと同じ光景だった。 ……ロケット86の周りに散らばる大量のお菓子の包み紙と甘ったるいにおい以外は。 その光景に思わずナカジは顔をしかめる。 「……どういう状況だ……これは…」 ずれた眼鏡を人差し指であげながら、背負っていたギターをおろし、冷たい砂利が敷き詰められた 地面に座り込む。 ロケット86はそんなナカジを見ながら、にたにたとうれしそうに笑いロケットの影においてあった 紙袋を引っ張り出した。 そのやや大きめの紙袋の中には大量の菓子が詰まっている。 「うわっ」 思わずナカジの口から驚愕の声がもれる。 「いやさ、今日なんとなくパチンコ行ったら大勝でさ」 ロケット86は袋の中をかき回すと棒つきのキャンディーを何本か取り出した。 「で、何かバレンタインデー週間とかですっげぇいっぱい菓子がそろってたわけよ」 ロケット86が棒つきキャンディーを差し出したが、ナカジは小さく首を振ってそれを拒否した。 「せっかくだから全部菓子に変えてきた」 「……全部……」 その紙袋の中身と回りに散らばっている包装紙から考えるに紙袋からあふれるぐらいの菓子を 交換してきたと考えられる。 甘い物が苦手なナカジはその光景に軽いめまいを感じた。 ロケット86はそんなナカジの様子など気にせずにうれしそうに棒つきキャンディーを頬張った。 「……ということはすべて自分で買ったようなものか……寂しいやつめ」 「うるへー、そういうお前はどうなんだよ、何も持ってないじゃねぇか」 「俺は甘い物は嫌いだ」 あの後、ナカジはいくつかのチョコレートをもらってはいたがそのすべてをタローや他のクラスメートに 押し付けていた。 「そういえばそんなことも言ってたな、うまいのに」 「まずいだろう」 「ま、そんなこったろうと思って甘くない奴ももらってきたから少しやるよ」 そういってロケット86は袋の中からハバネロスナックを3袋取り出した。 「……ハバネロオンリーかよ……」 「んーまだあったと思ったんだけどな、お」 袋の中をあさっていたロケット86の手の動きが止まる。 ナカジが不思議そうにロケット86の方を見ると、まるで新しいおもちゃを手に入れたかのようにロケット86が にたりと笑みを浮かべた。 「コレなら食えるだろ、ビターチョコレート」 ロケット86が真っ黒なパッケージの板チョコを一枚ナカジに向かって放り投げた。 ロケット86はまだナカジにとって非常に不愉快な笑顔でナカジの方を見ている。 「……何だよ」 「いやいや、寂しいナカジ君にささやかなバレンタインプレゼントを、とな」 「男からのチョコレートなんかむなしいだけだ」 にたにた笑いをとめないロケット86から目をそらすようにナカジはチョコレートと向き合い、銀紙をはがし チョコレートを一かけ口に入れた、その瞬間。 「ぐぇっ、げほっ……ごほっ!」 口の中にありえない苦さ、いやもう苦いとかそんな次元ではない味がナカジを襲う。 舌が今までに認識したことの無い味を感じ取り、自然と目がなみだ目になる。 ふと、横を見るとロケット86がナカジの様子を見て爆笑していた。 「……何、食わせやがった……」 「いや、普通のチョコレートだぜ? チョコレート」 そういいながらもナカジとは別の意味でなみだ目になっているロケット86の顔から笑いは消えそうにない。 胃のむかつきを感じながら、ナカジは手に持った板チョコのパッケージにもう一度目を通す。 確かに、それは普通のチョコレートであった。 「カカオ99%」の記述以外は。 「いやーまさかそんなにあっさりひっかかってくれるとは」 ロケット86が甘いミルクココアの缶をナカジに渡す。 ナカジは甘い物が苦手な自分を忘れて、そのミルクココアに口をつけた。 「そんな怖い目でにらむなよ」 「……死ぬかと思った……」 ミルクココアで舌の感覚を中和しながら、ナカジはロケット86をにらみつける。 ナカジはロケット86に気づかれないようにチョコレートをもうひとかけら割った。 「おい」 「ん?」 まだ、笑いの止まらないロケット86の口めがけて、ナカジはそのチョコレートを思いっきり叩き込んだ。 「んぐっ?! ぐへぁっ、がはっ何すんだてめぇ!」 「……ふん、俺からもチョコレートをくれてやろうと思っただけだ」 ロケット86は紙パックのイチゴオレを取り出すと、すさまじい速さでそれを飲み干した。 「苦ぇぇ……」 ナカジはそんなロケット86の様子を見ると、にやりと笑ってギターケースの中からギターを取り出した。 「てめ、後で覚えてろよ」 「それはどっちかというと俺の台詞だろう?」 どちらからともなくギターから音が奏でられる。 その後は、いつもと同じような時間が過ぎていった。 夜、ロケット86と分かれたナカジは一人、静かな住宅街を歩いていた。 ポケットの中に手を突っ込むと、問題のチョコレートが手に触れる。 「……結局、受け取っちまったな」 押し返しそびれたチョコレートをポケットから取り出すと、ナカジはほんの少しだけかじりついた。 「苦……」 顔をゆがめながらナカジは思う。 この行為に意味のないことだとはわかっている。 しかし、なぜチョコレートを受け取ってしまったのか。 苦いのは本当にチョコレートだけなのか。 本当に苦いのは、何なんなのか。 ナカジはチョコレートをもう少しだけ口に入れる。 「……苦ぇよ……」 きっとその答えはもう99%決まっているのだろう。 |
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